べらんめい口調の第一人者 『CD/ラジオ名人寄席12 五代目 春風亭柳朝』より ☆に関係なし

『CD/ラジオ名人寄席12 五代目 春風亭柳朝』
※演目 『大工調べ』 『天災』 『付き馬』

いやはや、寄席なら、「待ってました!」と声が掛かるところである。

いや、ホント、早く取り上げるべき人だったのに遅れ遅れになってしまった。

申し訳ない。

しかし、この人ほど、寄席の高座で、出囃子と共に登場して、この「待ってました!」と言う掛け声が似合う人はいないだろう。

ただし、「何言ってんだい、このべらんめえ!」と、カッと睨まれて言い返されてしまうかもしれない。

「本当に、そう思ってんのかい。嘘ついたらいけねえよ。お客さんだから、言っちゃあいけないと思うが、楽屋から覗いてたら、ついさっきまで、舟漕いでいたじゃねえのか?」と、ポンポンと啖呵が飛んできそうだ。

お客さんと喧嘩を始めようというのではない。

落語を聴いていると、何かと言えば言い返したくなる、この人は、それ程のチャキチャキの江戸っ子気質(かたぎ)に見えるのだ。

ところで、「べらんめえ」と言う言葉の意味をご存知だろうか? 

一般的には、「べらぼうめ!」が訛って、「べらんめえ!」に転化したと言われている。

それなら、この「べらぼう」とは、どう言う意味だろうか?

実は、「へら棒」から来るらしい。

どうも、「へら棒」では力が入らないため、口に出す時には、「べら棒」と濁って語られたようだ。

実際、「へらぼうめ!」では、空気が抜けて、言葉に締りがなくなってしまう。

啖呵を切る時に、「へらぼうめ」では、身体がへらへらとなってしまうのだ。

一度、声に出して言ってみて欲しい。

きっと、頭から気が抜けてしまうことだろう。

ところで、この「へら棒」だが、飯粒で糊を作る時、この「へら棒」を使って飯粒をすり潰す。

と言うことで、「へら棒」とは、「ごくつぶし」と言う意味を暗喩する。

そこから転じて、働きもせずに家でブラブラと遊び暮らしている半人前の人間、つまり、ろくでなし、バカ者と、相手を罵倒する意味となる。

とんちき、おたんこなす等と同じシチュエーションで使われる言葉だ。

さらに、バカ者から発展して、「めったにいないもの、あまりお目にかかれないもの」、つまり、途方のない程度を意味する感嘆詞にも転用されるようになる。

だから、「何言ってんだい、べらんめえ!」は、「とんでもないことを言ってもらっちゃ困る!」と言う位の意味になるだろう。

むろん、実際に使われる段には、もっと色んなニュアンスが、微妙に、そこに付け加わることになる。

いやまあ、春風亭柳朝さんなら、何か、虫の居所が悪ければ、お客さんであっても、こんな啖呵を切りかねないと思うのだ。

いやいや、実際の高座では、客に向かってそんなことは、あり得ない。

実は、この「べらぼうめ」の言葉の意味は、白状すれば、春風亭柳朝さんの落語噺『大工調べ』の枕で、その言葉の成り立ちを知ったのだ。

いやはや、おじさん、最初に、こんなことを言い出したのは、最も江戸前の落語を、チャキチャキの江戸っ子らしく話せる落語家は誰だろうと考えていたからだ。

いやまあ、色々な落語家が思い浮かぶ。

名人古今亭志ん生さんなんかはそうだろうが、おじさんが落語を聴いたのは随分晩年のことなので、年齢的に若い頃はどうあれ、シャキシャキのレタスと言う訳にはいかない。

で、そのお子さんの、古今亭志ん朝さんがそうだろうが、どうも育ちの良さを感じでしまう。

江戸っ子にしては、いささか、やんわりとしている。

まあ、お兄さんの春風亭馬生さんもそうだろう。

生粋の江戸っ子と言えば、これまた名人の三遊亭圓生さんがいるが、落語が上品になってしまう。

その弟子の三遊亭圓楽さんは、さらに柔らかい。

江戸っ子のイナセな町人と言うなら、『芝浜』の桂三木助さんが思い浮かぶが、どうも、江戸っ子の向こう見ずなイキの良さよりも、女性にもてそうなイナセさが勝っている。

江戸前らしい落語家の語り手に、柳家小三治さんがいるが、どうも、この人は、長屋のトボケた熊さんがお似合いと言う感じだ。

柳家小さんさんなら、もっとオトボケなキャラクターが似合うだろう。

となると、立川談志さんの登場ということになるのだが、確かに、その話しぶりは威勢が良く、テンポがあり、江戸っ子そのものだ。生粋の東京生まれだけに、ベランメエ口調も自然だ。

ところが、若干、これは、談志さんの性格から来るものか、噺の内容に嫌味があり、だから、カラッとしていて後が残らないと言う訳にはいかない。

実は、立川談志さんも、春風亭柳朝さんも、戦後の東京の落語界において、四天王の一人に数えられているが、年齢的には柳朝さんが年上になる。

いやはや、あの生意気で、何事にも怖いもの知らずのような立川談志さんも、この柳朝さんには、よく叱りつけられたというから、頭の上がらない存在だったらしい。

確かに、「べらんめえ」の喧嘩では、柳朝さんに軍配が上がったかもしれない。

まあ、それはともかく、結論、おじさんは、この春風亭柳朝さんが最も江戸前の落語家らしいベランメエ口調だと思うのだ。

言葉だけで、江戸時代の本所、浅草辺りの下町を彷彿させてくれる。

今回、このCDの収録三題 『大工調べ』、『天災』、『付き馬』を立て続けに聴いてみた。

やはり、『大工調べ』が、おじさん、最も好きだ。

登場してくる大工の棟梁が、因業ジイさんの長屋の大家に対して切る啖呵を聴いていると、ホント、江戸の下町の職人のベランメエ口調とは、まさにこんな風ではなかったかなと思ってしまう。

やはり、江戸の下町情緒を味わうには、この人の右に出る者はいない。

この噺は、江戸の幕末の頃が時代背景だと言うから、まさに、あの本所亀沢町生れの勝海舟も、こんなベランメエ口調で、竜馬や西郷隆盛を相手に話していたと想像すれば、いかにも楽しい。

ところで、話しは変わるが、それじゃあ、江戸に対し、当時の上方の風情を最も感じさせてくれる落語家は誰だろうか? 

まあ、大坂は、当時、「天下の台所」と呼ばれていたのだから、その代表的な言葉使いも商人言葉となるだろう。

となれば、船場の言葉ということになる。

やはり、上方を代表する落語噺の傑作には、商家の大店の放蕩息子や剽軽な丁稚などが登場する大店ものが出色だ。

おじさんは上方言葉となると、やはり、先代の歌舞伎役者、人間国宝だった二代目 中村鴈治郎さんを思い起こす。

女性では、浪花千栄子さんが船場のごりょんさん言葉を話していた。

いやあ、おじさんも古い。

もう若い人には分からないか?

中村鴈治郎さんは、今の四代目坂田藤十郎さんや中村玉緒さんのお父さんであり、浪花千栄子さんは、二代目渋谷天外さんの奥さんだ。

大塚製薬のオロナイン軟膏のCMキャラクターでも知られている。

えっ、余計に分らないいって!、いやはや、こりゃ、駄目だ。

それはともかく、司馬遼太郎さんは、船場言葉の源流は近江の富豪や大地主の言葉だと、どこかに書かれていた。

その近江言葉は、京都の公家言葉が取り入れられていると言うことだから、江戸のベランメエ口調とは違って、どこか、ゆったりと柔らかく、はんなりとしている。

実は、おじさんは、今では荒っぽい河内言葉丸出しだが、実は、密かに、この船場の大坂言葉の貴重な継承者だと思っている。

母方の祖母が船場の子守りさんから、店の奉公人と結婚し、ずっと船場でメリヤスを商っていた。

その娘が、おじさんの母親だから、おじさんは、その母親の船場言葉に親しんで育っているのだ。

おじさん、ここではっきり言っておきたい。

あの明石家さんまさんの大阪弁と言うのは、断じて生粋の大阪弁ではない。

あの言葉使いは、多分に、奈良の田舎訛(なまり)が入り混じり、かなり下品な似非大阪弁になっている。

あれを、当たり前の大阪弁と言うなら、いささか心外だ。

もっと大阪弁というのは、歌舞伎で言えば、江戸の「荒事」に対して、上方の「和事」、やんわり、もっちゃりしているのだ。

もっと上品なものである。

実は、おじさんが、二回目の会社に勤めている頃、東京の築地に事務所があった。

何かの展示会で、築地から晴海まで路線バスに乗ったことがある。

事務所にいた、もう一人の大阪出身の同僚と、バスの最後尾に座っていた。

きっと、何やかんやと、たわいない事を大声で二人で話していたのだろう。

ふと気づけば、前列の席に座っていた乗客の何人かが、こちらを見て、くすくすと笑っていた。

きっと、大坂の人間が、二人よって大声で話していると、漫才を聴いているように思うのだろうか? 

いやはや、少しステップの持ち上がったバスの後部座席は、まるで、演芸場の俄かステージのようになってしまっていた。

やれやれ。

いやまあ、それはさておき、本題は、上方落語で、最も大阪らしい言葉を操る落語家についてだ。

最近の落語家は駄目だろう。

似非大阪弁か、口調としての大阪弁になっている。

まあ、到底、地べたから湧いてくるような大坂の本来の話しぶりではない。

実は、つい先頃亡くなられた桂米朝さんにしても、生粋の大阪弁を使いこなしていたかと言えば、いささか、「播州訛(ばんしゅうなまり)」があるのではないか? 

偉そうに言えば、言葉のイントネーションのニュアンスが微妙に違う。

やはり、おじさんは、あのだみ声は余計だが、笑福亭松鶴さんの言葉が、往時の船場のもの言いに近いだろうと思う。

まあ、下町の長屋のおかみさんや大店のおかみさんなど、女言葉になれば、先代の桂文枝さん(現在の元三枝さんではない)の雰囲気がそれに近いと思う。

いやあ、随分、話しがアッチャコッチャに飛んでしまったが、とにもかくにも、江戸っ子が生き生きと活躍する落語の江戸情緒を目一杯感じようとすれば、この春風亭柳朝さんの高座が最も良いようである。

おじさん、もし、映画か何かで、江戸時代の下町、それも職人たちの日常の暮らしを再現するなら、一も二もなく、この柳朝さんの言葉使いを推薦したい。

何しろ、この人ほど、ベランメエ口調を流暢(=柳朝)に操れる人は、いないからだ。

おあとが、よろしいようで…。

  ※ヤフーブログにて 2015年10月18日 アップ

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