憧れの地の光と影 『代官山コールドケース』より ☆☆☆

『代官山コールドケース』 著者 佐々木 譲 


いやあ、代官山と聞けば、おじさん、やはり特別な思いがある。

お洒落なファッション業界人たちの街と言うイメージだ。

今でも、何となく心が魅かれてしまう。

いやはや、今では、おじさんたちがお上りした頃とは随分様変わりしたことだろう。

おじさん、リタイアして、ぐうたら生活に入ってからは、ほとんど、東京に出かけることはなくなっている。

数年前にプライベートな機会があり、たまたま渋谷の街を歩いてみて、随分ガッカリしたことを覚えている。

まだ、おじさんがミーハーだった頃、この街には、新しい暮らしの息吹を感じさせるファッションブランドショップや雑貨店、飲食店などが軒を並べ、熱気で溢れ返っていたような気がする。

ところが、どうも久しぶりに歩いてみると、全国的なチェーン店が目立ち、これでは、大阪と、いや、全国どことでも、一向に変わらないと言う印象を持った。

いやもう、何とも淋しい限りである。

残念ながら、その時、代官山辺りまでは足を延ばすことは出来なかった。

今では、再開発とやらで、随分様変わりしていることだろう。

実は、この作品の最後のクライマックスシーンでは、犯人が警官に追われて、東急東横線の代官山駅のプラットホームを駆け抜け、迫り来る電車を前に、そのホームから線路に飛び降りる場面がある。

いやはや、つまらない事なのだが、文中では、「その狭いプラットホームを駆け抜けて」と表現されていた。

おじさんの記憶には、この代官山駅の狭過ぎるホームが妙に印象に残っているのだ。

この駅は、東横線が代官山の山稜に沿った狭い谷間を走っているせいなのか、どうしても、プラットホームの幅がホームの両端近くでは非常に狭くなっている。

慣れないおじさん、いつも、随分気を付けてホームから落っこちないようにしながら昇降階段まで歩いたのを覚えている。

代官山駅は、橋上駅で、谷間に設けられた駅なのだ。

つまり、東横線は、谷に沿うように低地部分を走行している訳だ。

この物語の発端は、この東横線沿いの谷の古い木賃アパートで、魅力的な容貌を持つ若いカフェバーのウェイトレスの女性が暴行の末、殺害されるところから始まる。

1995年、オウムサリン事件があった頃のことだ。

エッ、あのお洒落な街に木賃アパートとは、如何にも似つかわしくないと思われるかも知れないが、確かに、あの頃、まだまだ、代官山の一部には、閑静な住宅地の中にも昔ながらの庶民的な雰囲気を残している場所があった。

何しろ、20年ほど前のことだから、まだ、同潤会代官山アパートも、復号高層ビル《アドレス》に様変わりしていなかった。

代官山アパートには、家風呂が装備されていない。

その団地の中央に銭湯(公衆浴場)もあり、南こうせつさんの『神田川』の歌の気分さながらの情景もあった。

あの頃、おじさんも代官山辺りを訪れると、もの珍しさで、同潤会代官山アパートの中を、さして用事もないのにウロウロしたものである。

その頃には、既にアパートは住民に払い下げられていて、所有者により内部は思い思いに改装されていた。

コジャレたブティックやアクセサリーショップ、雑貨ショップ、アートギャラリーなどが所々にあり、結構、そのオールデイズの団地のような敷地内を歩き廻っているのは楽しいものだった。

妙な言い方だが、レトロな雰囲気の中に、お洒落さと庶民感覚が共存しているような、何とも言えないミスマッチな空間だったのだ。

おじさんは、その代官山駅から歩いて、八幡通りに沿って、15分ほど歩いた所にある、奈良県の県事務所に何度か宿泊していた。

当時、おじさんは、奈良の地場産業の活性化プロジェクトに参加していて、オーガニックコットンの地場ブランド化に取り組んでいた。

その県事務所のファサードに面したギャラリーを賃借して、期間限定のアンテナショップを出店したりしていたのだ。

その事務所は、二階が、奈良からの出張者の簡易宿泊施設になっていた。

そこに、おじさんは何度か宿泊したことがある。

と言うことで、暇な時間を見つけては、その辺り周辺を散策していたのだ。

お気に入りが、この代官山アパート周辺だったのだ。

少し、露地や脇道に入り込むと、ホント、意外な位、昔ながらの老朽化したアパートなども残存していた。

そうした割安な賃貸物件が、高校を卒業し、お洒落な業界人に憧れ、上京してくる地方出身者の棲家となっていたのだ。

いやはや、そこで、ファッションを初め、クリエイティブな世界で働くことを目指す若い女の子たちが、生活を切り詰め、質素な暮らしに甘んじながらも、懸命に代官山ドリームを追っていた。

まあ、おじさん、その心情には共感しないでもない。

多くの場合、現実はそんなに甘くない。

夢破れて、風俗に流れたり、故郷にUターンする人が多かっただろう。

それでも、そうした庶民的な雰囲気の中に、確実に若い人たちの熱気が充満していた。

どれ位の人が夢を果たせたのだろうか? 

何しろ、あの頃は、「代官山で暮らしている」ということだけで、ある種のステータスとなったのだ。

そんな雰囲気は、恵比寿のサッポロの工場跡が再開発されて、恵比寿ガーデンプレイスができる頃まで続いていたような気がする。

さて、物語の方だ。

ファッションデザイナーを夢見て、代官山の古ぼけた木賃アパートで慎ましく暮らしていた若い女性が殺害された事件については既に触れた。

自らの部屋のベッドで、暴行された上での絞殺だった。

家賃の滞納を督促に来た不動産業者の営業マンが第一発見者だった。

すぐに、当時つき合っていたと思われる、独立間もないカメラマンが被疑者として捜査線上に浮び上がってくる。

警視庁は、目撃情報などの状況証拠から、参考人として、そのカメラマンに事情聴取する。

ところが、聴取後、間もなく、その被疑者が、多摩川の河川敷で溺死体として発見されることになるのだ。

警察は、殺害を苦にした上での自殺として断定する。

これで、事件は一挙に解決へ向かう。

そのカメラマンが、事件の真犯人として決着したのだ。

もはや、犯人は死亡してしまっているため、当時の捜査本部は不起訴として処理した。

捜査が杜撰だったというのではない。

当時、上がったあらゆる状況証拠が、このカメラマンが犯人であることを指示していたのだ。

しかしながら、それから17年後、同じ東横線沿いに位置する神奈川県のマンションで、若い女性の暴行の上の殺害死体が発見される。

その殺害の手口が、17年前のあの代官山アパートでの若い女性の殺害状況と酷似していたのだ。

さらに、その現場で発見された、犯人と思われる男の残した陰毛と、17年前の事件の現場で採取された陰毛とのDNA鑑定の結果が一致する。

果たして、同一犯の犯罪ではないだろうか? 

その可能性が出てくる。

既に神奈川県警が動き始めている。

仮に、もし17年前に解決したと思われる事件に真犯人がいて、その犯人が、今回、神奈川県警が捜査している犯人と同一人物なら、警視庁は大失態をしでかしたことになる。

17年前から、殺人事件には時効が無くなっている。

警視庁は面子にかけても、神奈川県警よりも先に、真犯人を探り当て、逮捕しなければならない。

いやもう、可及的速やかな捜査が求められる。

それも、隠密裏にだ。

現状では、捜査本部も立ち上げられないし、多くの捜査員を割り振ることもできない。

そのため、敏腕の刑事に、暴行犯罪に詳しい婦人警官の二人が密かに召集され、匿名捜査を始めることになる。

とにかく、残されている時間は僅かだ。

早速、二人は、丁寧に当時の調書に目を通し、再度、関係者に対する聞き込みを始める。

どこか、当時の捜査に見落としがなかったか、逐一、裏が取られていく。

刑事と婦人警官の二人がペアを組み、代官山の今を歩きながら、17年前の事件当時の代官山をイメージ・トレースして行くのだ。

そして、特命捜査が始められてから、僅か40時間の短い時間で、真犯人が突きとめられることになる。

いやまあ、その凝縮された密度ある40時間の成り行きは、じっくり本書を読んで頂きたい。

いやはや、本作品で、おじさん強く思ったのは、あのお洒落でファッショナブルな代官山辺りにも、その華やかな表向きの顔とは別に、目一杯虚勢を張り、何とか業界人の仲間入りをしようとする若い人たちの情熱が空しく燃焼され続けていたことだ。

むろん、その多くが報われることなく、失意の中で挫折していくことになる。

業界人としてやっていける才能に恵まれ、チャンスに巡り合うのは、ほんの一握りだろう。

大部分の若い情熱は、不完全燃焼のまま、くすぶり続けることになる。

その辿り着く先は、おじさんにも想像することはたやすい。

いやはや、当時の代官山辺りには、人生の光と影が、生々しい形で背中合わせに存在していたのだ。

この作品は、被害者の視点から見れば、夢に弄ばれ、現実の底意地の悪さに、空しく情熱を費消させられていく若者たちへの哀歌でもあるのだ。

  ※ヤフーブログにて 2015年1月27日 アップ

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