暗い情念に満ちた世界 『生誕祭 上・下』より ☆

『生誕祭 上・下』 著者 馳 星周(はせ せいしゅう) 


おじさん、この作家には、かなり昔のことだが、強い衝撃を受けたのを覚えている。

それから、多くの作品が書かれているようだが、どうも、おじさん、初めて読んだ作品の印象が強かったためか、この作家の書くもののイメージを固定させてしまっていたようだ。

当然、作家は、作品を書くたびに進化し続ける。

稀に、退歩する作家もいるだろうが、そうした作家は、自動的に文壇から淘汰されてしまう。

継続して作品が書かれ続けていること、そして、それらの作品が話題に上ることは、とりもなおさず、その作家が進化し続けていることの証に違いない。

おじさん、この作家も、確実に進化してきていると思う。

とにかく、おじさんが最初に読んだ作品は、新宿歌舞伎町における中国マフィアの暗闘について書かれた、全く気のめいるような作品であった。

その次の作品も、やはり中国マフィアに関する続編であったように記憶している。

とにかく、ショッキングだった。

いやはや、この2つの作品とも、日本における中国マフィアの物語と言う特異な世界が描かれていると言うことで、非常に新鮮な衝撃を受けたのを覚えている。

当時、これは、まさに新しいハードボイルドのステージが現れたような感じを持った。

そのインパクトが強過ぎたために、おじさん、この作家の以降の作品を読むことはなかった。

何か以降の作品も、その枠に、はまったような小説的世界が、限定的、固定的にならざる得ないような気がしたのだ。

だから、面白い書き手と思いながら、その後、この作家の作品にあまり手を出すことはなかった。

まあ、あまりにも、この作家の持つ、行き場のない暗い情念みたいなものにも拒否感を覚えたことが影響していたのかも知れない。

いやもう、次を読む気になるまで、甚だ時間がかかったのである。

しかしながら、いつも気になっていた作家であったことには違いない。

おじさんの古本屋の棚にも、この作家の本が継続して並ぶようになり、その分量が増えているのを意識しながらも、シカトしていたのだ。

そこで、今回、とにかく、久しぶりに読んでみることにした。

まあ、この作家の作品、おじさんは、一言で言えば、暗黒小説だと表現できると思う。

ホント、辛く、救いのない小説なのだ。

読んでみて、おじさん、やはり、今回の小説も暗黒小説に違いないと思った。

読後感の、あの陰鬱な暗さと、救いの無さは変わりなかった。

読んでいて、何度か、ヘドが出そうになるのも変わりはなかった。

虚栄、詐欺、裏切り、愛欲、売春、ドラッグ、恫喝、恐喝、暴力、殺人、何でもござれ、そして、粘りつくような暗い情念は、この小説でも充分健在だった。

但し、ステージは新宿歌舞伎町 中国マフィアの世界から、同類の世界だが、地上げ屋と経済ヤクザの世界に移っている。

まあ、どちらのステージも同じ、腐りきった性根の人間がうごめく世界だ。

いつもの通り、登場人物はシンプルに構成されている。

少ない人物の騙し合い、裏切り合いで、ストーリーが積み上げられていく。

1人は、東京で、神様と呼ばれる地上げ屋のボス。

金と女にしか興味のない下劣な中年オヤジである。

そして、それに取って代わろうとする、成りあがりの青年地上げ屋。

この男は、手八丁、口八丁、冷酷無比、人たらしの名人である。

さらに、その男に憧れる、ドロップアウトした若者。

全てに白け、自分のやるべきことを探している。

地上げの手伝いに、暗い情熱のはけ口を求めている。

これらの男に、お金が全てと言う女子大生が絡む。

お金やブランド物に、若い身体を切り売りする。

援助交際だ。

全ての男と女に、歪んだ情熱と自らの生き様への勝手な理屈があるのである。

これら4人の男と女が、地上げ、株の仕手戦で、騙し、裏切り、のたうちまわる様を描く。

そして、こうした暗闘を通じて、あのバブルの頃の熱に浮かされたような異状な高揚感を描くのである。

まあ、あのバブルの熱気は、まさに暗黒の世界の熱気に似ていたような気がする。

人間のあさましさ、おぞましさ、いい加減さ、身勝手さ、恐ろしさ、そして、もろさや愚かな可愛さが、あの時代に最も透けて見えたような気がするのだ。

この小説のB級映画的あほらしさや、一方では、人間の暗い情念を炙り出すスリリングな展開なども、おじさん、確かに結構楽しめたのだが、じわっと心を捉われたのは、バブルの時代の幻影への思いだった。

まさに、あの時代が幻覚そのもの、常軌を逸した異状な時代だったのだが、確実に生きることへの高揚感があった時代でもあった。

おじさん、この小説を楽しみながら、一方では、バブルの時代を考え続けた。

不思議に、次から次へと異状な時代の情景が頭の中に浮かぶのである。

時間を遡った。

とにかく、熱に浮かされたような時代だったが、振り返ってみると、人間の生きることの本質が何であるかと言うことをリアルに考えさせてくれる時代でもあったような気がする。

もう2度と起こりえない時代、そして、そこに身を置き、生きたことの実感、それは貴重な体験だったかも知れない。

おじさん、この本を読み、バブルの頃の気分に、数日捉われてしまった。

あの興奮をではないが、もう1度、バブルの気分に浸り、バブルの何たるかを、そして、人間の生きることの意味を考えてみるには相応しい小説かも知れない。

おじさん、最後まで、この小説が単なるB級映画的小説なのか、それとも、生きるための情熱とは何かを訴え続けている小説なのか分からなかった。

どうも、この作家は苦手である。

  ※ヤフーブログにて 2015年1月14日 アップ

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