清張さんが料理した、情念のごった煮作品 『隠花平原 上・下』より ☆☆

『隠花平原 上・下』 著者 松本 清張 


松本清張さんに、横溝正史さんを見たような気がした。

清張さんの晩年の作品である。

若干、毒が抜けて、読者受けを狙った著者を、この作品に見たような気がしたのである。

いわば、良く言えば、清張さんの集大成的作品、悪く言えば、エンターティメントに堕した、良い所集めのゴッタ煮的作品である。

著者のあらゆる要素が含まれているが、エンターティメントに流れ過ぎたきらいがある。

書き出し当初では、いつもの通り、社会病理に鋭くメスを入れるのかなと思ったら、途中から推理ミステリーになり、最後には、横溝正史さんバリの恐怖ミステリーになっていた。

これまで、おじさん、さんざん、清張さんの小説の読みどころを紹介してきた。

まあ、それ程、読みどころの多い、懐の深い作家だと言える。

しかし、今回は、著者の推理ミステリーとしての問題点に触れてみよう。

以前から言っているように、著者の小説の魅力は、その社会病理に迫る鋭い追及と、その中で揺れ動く人間の欲望や愛憎を描き出すことにある。

従って、何度も指摘してきたが、ミステリーそのものの仕掛けには閃きを感じるが、綿密さと言う面では弱いところがある。

よく、『点と線』の東京駅ホームでのトリックなどは、推理ミステリーの新しい地平を切り開いたと言われるが、おじさんにとっては、まあ、それほど卓抜な着眼とは思わない。

むしろ、トリックが優先されて、ストーリーを進行するため、強引さが目につく所がある。

今回読んだ、この作品も、著者のそんな所が顕著に出ている。

とにかく、あまりにも都合の良い偶然性に頼り過ぎる所がある。

今回の作品でも、万が一つ、居るはずのない所で関係者と出会い、事件の糸口を掴んだり、話しの筋立てのために、突然、必然性のない新しい情報提供者を登場させたり、結構、強引なストーリー廻しが目立つ所がある。

また、清張さん独自のヒーローを登場させない謎解き手法は、作品に、至極自然な印象を与え、まるで読者を、自分の身近で事件が起こっているような気にさせる。

架空の事件も、ありそうな事件として現実味が帯びてくる。

読者は、物語世界を、日常性のあるリアリティな世界として錯覚させられるのだが、どうも、反面、事件の謎解きにのめり込んでいく側の当事者の必然性や動機付けが弱い。

また、いきなり、謎解きのために、主人公をサポートする都合の良い協力者が登場して来たりする。

確かに、著者の作品は、社会性があり、物語も複雑に絡み合い、壮大なスケールを持って展開されていく。

しかしながら、偶然性に頼る度合いが高く、ストーリー展開にも、都合の良い強引さが目立つ。

主人公の事件へ関わる必然性や動機も薄弱であることが多く見られる。

また、壮大なスケールの物語なのに、終末で、突然、尻すぼみの印象を与えられることも数多ある。

色々、穴のある所も多いのだ。

それでも、おじさんは、やはり、清張さんを読み続ける。

どの作品も、どこか、心を捉えて離さないところがある。

それは、作家としての技術を越えて、清張さんが、その平坦でない現実の人生から紡ぎ出された、読者に語らずにはいられない強い思いに込められた情念が溢れているからだろう。

これが、他の作家に見られない、清張さん独自の湿った情念のミステリーと言うべき世界を創り出すのである。

今回の作品は、正統派ミステリー作家としての欠点は目立つが、清張さんらしい情念の世界を色濃く感じさせる作品である。

物語は、一人の善良な銀行員が、都心から少し離れた郊外の閑静な住宅地で、帰宅途中に間違って殺害されるところからスタートする。

まあ、この辺は、清張さんお馴染みのトリックを駆使した推理ミステリーらしい始まりなのだが、やがて物語は、地方銀行による新興宗教団体への不正融資と言う社会派ミステリー的様相を帯び始める。

終盤には、その犯罪動機が解き明かされていき、やはり、切り捨てた愛人と、その息子達の憎悪と復讐と言う、どろどろの情念の世界へと突き進んでいくのである。

そして、最後に、横溝正史さん並みのおどろおどろした結末を迎える。

何と、著者には珍しく、10人に近い殺人が次々に行われていくのである。

そして、劇的で残酷な殺人シーンに驚かされた後、物語は、あっと言う間に、意外性のある犯人の登場で幕切れとなる。

決して、著者の作品の中では、成功した作品ではないだろうが、清張さんの独特の情念の世界を堪能するには面白い作品かもしれない。

小説は、上下2巻に渡る長編であり、登場人物が輻湊し、小説構成にも整理不足も見られ、推理ミステリーとしては筋立てが追いにくい。

まあ、清張さんが料理する情念のゴッタ煮の世界を味わってみるなら、相応しい本かもしれない。

  ※ヤフーブログにて 2016年4月10日 アップ

この記事へのコメント