いい湯だな 『風呂と日本人』より ☆☆
『風呂と日本人』 著者 筒井 功
タイトルで期待した内容と、本の中味とは、かなり違っていた。
エィッと思って、最後まで読み通した。
おじさんが期待した内容は温泉の楽しみ方の様なものだったのだが、この本は、実に真面目に日本の風呂の歴史的ルーツを探る本だった。
つまり、風呂の成り立ちを辿る歴史書である。
まあ、おじさん、仕方がないので興味の赴くままに読み進めてみたところ、風呂に対しての認識を新たにすることが多かった。
例えば、湯と風呂と温泉の違いである。
歴史的に考察すれば、これらは全て概念的に違うらしい。
湯とは、比較的新しい言葉。
江戸時代までは、現在の様にたっぷりした湯に浸かるという習慣はなかったようである。
だから、この湯という言葉は、湯に浸かるという習慣ができてからの言葉と言えるだろう。
一方、風呂だが、湯という言葉が使われ出した以前に、身体を熱に浸したり、包まれたりする行為を指す言葉として使われていたそうだ。
つまり、江戸時代前まで、風呂の代表的な姿は、岩風呂というもので、熱気や熱い蒸気に身体をさらすことを呼んだらしい。
まあ、サウナ風呂というところだろう。
では、温泉とは、これは、どう言う意味を持つのだろうか。
湯や風呂とは全く別の概念であると言う。
湯と風呂は、熱気に身体をさらすという行為の発展的プロセスを示す言葉なのだが、温泉は、古代から、岩の隙間や河川の底、地面から湧き出した湯に、湯治効果や気分のリフレッシュを期待して、湯に身体を浸すということである。
温泉という言葉通り、温かい泉であり、それは、自然の恵みなのである。
だから、古代の神々も、その恩恵にあずかっているし、獣達も傷を癒したりしているのである。
自然のケアという意味合いで使われる言葉だったらしい。
というように、現在、おじさん達が、平気で混乱したまま使っている言葉や風呂に対する様々な概念を、歴史的にすっきり説明してくれる。
歴史書的ニオイが強く、いささか退屈な記載も多いが、楽しく読める部分もある。
江戸時代に始まり、明治の初めまであった銭湯のルーツ、ざくろ口などについても、詳しく歴史的に考察されているので、当時の庶民の生活文化を伺い知るにも参考になる本だと思う。
最後に、この本で明らかにされている日本の風呂のルーツについて、タネ明かしをしておこう。
どうやら、日本の風呂は、海岸や湖沼、また、河川の岸辺の洞窟などで、その自然の地形を生かし、薪や松葉などを燃やすことにより、その熱気や蒸気に施療の効果を期待して始まったものが多いらしい。
従って、岩風呂や洞窟風呂が、そのルーツと言える。
こうした風呂は、瀬戸内海の島々の海岸ベりや三重県などの海辺に多く見られるようである。
薪や松葉を燃やして石を焼き、その熱い石に水をかけて蒸気を発生させ、岩窟や窯室などへ閉じこもったようである。
その後、海や湖沼に飛び込み、身体を冷やすのである。
フィンランドのサウナのようなものだったのだろう。
その発想の根底にあったのは、韓国のオンドルのような暖房の仕組みであったのかもしれない。
同じ様な考え方で作られた岩風呂の史跡もあるらしい。
何はともあれ、寒い冬や暑い夏を乗り切るには、ゆっくり風呂に入り、身体をリラックスさせることと、その後の一杯の生ビールだろう。
おじさん、特に、夏になれば、肉体的にも精神的にも、風呂に頼るライフスタイルとなる。
改めて、この本を読み、自分が日本人なんだなあと実感する。
※ヤフーブログにて 2014年4月20日 アップ
タイトルで期待した内容と、本の中味とは、かなり違っていた。
エィッと思って、最後まで読み通した。
おじさんが期待した内容は温泉の楽しみ方の様なものだったのだが、この本は、実に真面目に日本の風呂の歴史的ルーツを探る本だった。
つまり、風呂の成り立ちを辿る歴史書である。
まあ、おじさん、仕方がないので興味の赴くままに読み進めてみたところ、風呂に対しての認識を新たにすることが多かった。
例えば、湯と風呂と温泉の違いである。
歴史的に考察すれば、これらは全て概念的に違うらしい。
湯とは、比較的新しい言葉。
江戸時代までは、現在の様にたっぷりした湯に浸かるという習慣はなかったようである。
だから、この湯という言葉は、湯に浸かるという習慣ができてからの言葉と言えるだろう。
一方、風呂だが、湯という言葉が使われ出した以前に、身体を熱に浸したり、包まれたりする行為を指す言葉として使われていたそうだ。
つまり、江戸時代前まで、風呂の代表的な姿は、岩風呂というもので、熱気や熱い蒸気に身体をさらすことを呼んだらしい。
まあ、サウナ風呂というところだろう。
では、温泉とは、これは、どう言う意味を持つのだろうか。
湯や風呂とは全く別の概念であると言う。
湯と風呂は、熱気に身体をさらすという行為の発展的プロセスを示す言葉なのだが、温泉は、古代から、岩の隙間や河川の底、地面から湧き出した湯に、湯治効果や気分のリフレッシュを期待して、湯に身体を浸すということである。
温泉という言葉通り、温かい泉であり、それは、自然の恵みなのである。
だから、古代の神々も、その恩恵にあずかっているし、獣達も傷を癒したりしているのである。
自然のケアという意味合いで使われる言葉だったらしい。
というように、現在、おじさん達が、平気で混乱したまま使っている言葉や風呂に対する様々な概念を、歴史的にすっきり説明してくれる。
歴史書的ニオイが強く、いささか退屈な記載も多いが、楽しく読める部分もある。
江戸時代に始まり、明治の初めまであった銭湯のルーツ、ざくろ口などについても、詳しく歴史的に考察されているので、当時の庶民の生活文化を伺い知るにも参考になる本だと思う。
最後に、この本で明らかにされている日本の風呂のルーツについて、タネ明かしをしておこう。
どうやら、日本の風呂は、海岸や湖沼、また、河川の岸辺の洞窟などで、その自然の地形を生かし、薪や松葉などを燃やすことにより、その熱気や蒸気に施療の効果を期待して始まったものが多いらしい。
従って、岩風呂や洞窟風呂が、そのルーツと言える。
こうした風呂は、瀬戸内海の島々の海岸ベりや三重県などの海辺に多く見られるようである。
薪や松葉を燃やして石を焼き、その熱い石に水をかけて蒸気を発生させ、岩窟や窯室などへ閉じこもったようである。
その後、海や湖沼に飛び込み、身体を冷やすのである。
フィンランドのサウナのようなものだったのだろう。
その発想の根底にあったのは、韓国のオンドルのような暖房の仕組みであったのかもしれない。
同じ様な考え方で作られた岩風呂の史跡もあるらしい。
何はともあれ、寒い冬や暑い夏を乗り切るには、ゆっくり風呂に入り、身体をリラックスさせることと、その後の一杯の生ビールだろう。
おじさん、特に、夏になれば、肉体的にも精神的にも、風呂に頼るライフスタイルとなる。
改めて、この本を読み、自分が日本人なんだなあと実感する。
※ヤフーブログにて 2014年4月20日 アップ
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