怪談噺は、円熟した落語家でないと! 『CD/ 小朝の夢高座』より ☆☆☆

『CD/ 小朝の夢高座』 落語家 春風亭 小朝


暑い、暑い、ホント、極め付きで、暑い! 

涼しい所を求めて、フラフラと、あちらでヘナヘナ、こちらでヘナヘナ、暑さで弛緩した身体を持て余して、いやもう、おじさん、伸びてしまっている。

もう、何もするのも嫌だ。

こう暑いと、古本屋も休暇が必要だ。

いっそ、開店休業にしてしまおうか!

とにかく、ぐうたら猫も、今や、ダレ猫、バテ猫だ。

言っておく。

化け猫ではない。

と言うことで、おじさん、少しでも涼を取ろうと、落語の怪談噺を思い出した。

昔は、エアコンがないから、これは、今のおじさんの境遇と同じだが、五感で涼を感じる工夫があった。

風鈴、金魚鉢、打ち水、売り声などなど…。

そして、怖い、怖いお話しだ。

何か、落語のまくらのような段取りになったが、お笑いは、上方落語。

「何たって、怪談は、江戸前落語に違いねえ!」と言うことで、古本屋の棚から、このCDを選び出した。

上方落語の怪談噺の妙手 露乃五郎さんには、申し訳ない。

それも極め付き、三遊亭 円朝 作/カランコロン カランコロンの『ぼたん灯籠 お札はがし』だ。

ゲゲゲの鬼太郎は登場しない。

しかし、不思議だ。

幽霊に足はないはずだが、どうして、下駄は履けるのだろうか?

まあ、それはさておき、おじさん、この怪談噺は、ずっと以前、この古本屋のお奨めとして紹介したこともあると思うが、名人中の名人 三遊亭 圓生(えんしょう)の高座で聴いたことがある。

むろん、CDだが、さわりの「お札はがし」だけでなく、全編を通して聴いている。

夏目漱石も小説作法の勉強にと、この円朝の落語がお気に入りで、好んで寄席に足を運んでいたと言うくらいだ。

だから、噺の出来は申しぶんない。

おじさんの記憶が正しければ、確か、夏目漱石の『三四郎』に、円朝の落語を聴きに行く場面があったと思う。

記憶違いだったら、申し訳ない。

と言うことで、肝心の演者の方だが、現代の江戸前落語の天才 春風亭 小朝をヒューチャーした。

これまで登場を願ってきた落語家は、既に、この世の人でない人が多かったが、今回は、ご存命の人を選択した。

何か、亡くなった方の怪談噺を聴くと言うのも、シャレにならないような気がしたからだ。

絶対、怪談は、生きている人間が演じなければ臨場感がない。

そこで、噺の上手さが要求される怪談噺だけに、天才 小朝さんの登場となったのだ。

ところが、どうしても、超名人 圓生さんと比較してしまう。

やはり、軍配は、天才よりも、圧倒的に名人に上がってしまうのだ。

おじさん、この小朝さんは、上手い落語家だと思うが、やはり、圓生さんのような時代の持つ気分が出せないのだ。

いやはや、正直、あまり、怖くない。

怪談噺には、芸人としての人生が滲み出てくるような円熟味が必要なのだ。

まだまだ、それを求めるのは、酷かも知れないが、小朝さんには、期待していた。

おじさん、若い頃に、この落語家の噺を聴いて、末恐ろしい落語家が登場してきたなという思いを持っていた。

若干、伸び悩んでいるかな!という感じだ。

怪談よりも、奥さんだった泰葉(やすは)さんが怖い。

オッと、これは失礼。

落語のお稽古よりも、何とはない、家庭の些事に忙殺されていたのではないかと思ってしまう。

この小朝さん、毎年、落語三人会を、東京と大阪で開いているらしい。

そのメンバーが、林家正蔵(こぶ平が襲名)、笑福亭鶴瓶では、何をや言わんやである。

録音されているCDも、知名度に比べて、それ程多くない。

まあ、落語のCD収録は、慌てる必要はない。

録音は、落語が上手い人は、より上手く聞こえ、ヘタな人は、よりヘタに聴こえる。

エヘヘ!そうですね、桂 ざこばさん。

聴いていて、いつ、トチルかヒヤヒヤしてしまう。

まあ、そういう意味では、スリルのある涼感溢れる落語なのだが…。

話しが、逸れた。

まあ、悪口はこれくらいにして、ホント、落語の世界では、夏場だけの際物のように思われている怪談噺も、しっかりした円朝ものになれば、演じる方は、定番落語よりも、ずっと難しい。

いやはや、どうも、今回のおじさんの、冷え冷え作戦は、失敗に終わったようだ。

ところで、お化けと幽霊の違いを知っていますか?

いやはや、幽霊は、あの世にしかいないが、お化けは、この世にもいるということです。

スミマセン!

おあとがよろしいようで。

  ※ヤフーブログにて 2012年9月12日 アップ

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