人間の真の魅力とは! 『逆境を生きる』より ☆☆☆
『逆境を生きる』 著者 城山 三郎
城山三郎さんは、経済小説の旗手である。
まあ、経済小説の草分けであると言っていいだろう。
まだ、日本が経済成長の真っただ中を、ひた走っていた頃には、大変もてはやされた作家だろう。
彼の小説には、著名な財界人や政治家が取り上げられた。
まあ、下手をすれば、提灯作家になり下がる危険があるが、この作家は、その矜持を貫き通したようである。
本書は、作家が、とある高校で講演をした内容に修正加筆したものである。
少し教育的におもねる所があるが、この作家の生き方、人となり、考え方を知るには、率直な語りかけだけに、むしろ、小説を読むより捉えやすい。
いやまあ、おじさん、好み的には、あまり生々しい実在の人物をネタにした評伝小説は好きではないのだが、ある種、城山三郎さんの場合は、ナマに作家の思いがぶっつけられているので、例外的に好きである。
この本では、明治から現在までの多くの立志伝中の人物が取り上げられているが、とりわけ、広田弘毅と渋沢栄一に紙面が多く割かれていた。
作家の代表作「落日燃ゆ」、「雄気堂々」で取り上げられた人物たちである。
広田弘毅は、戦後の極東軍事裁判で、A級戦犯として処刑された、戦前の日本国首相である。
毀誉褒貶、評価は二分しているが、気の毒な首相であったことには変わりはないようだ。
どうも、広田弘毅が、戦前、外相に就いていた時、南京大虐殺が起こったことから、文官としての戦争責任追及のヤリ玉に挙がったようだ。
恐らく、少なくとも戦争遂行については、それを阻止する側の立場にあったようである。
筆者は、私心がなく清廉潔白、信念の人として語っている。
一方、渋沢栄一は、日本の金融、経済の礎を築いた人物であった。
日本で最初の国立銀行である第一銀行を立ち上げ、さらに、日本銀行を創設しした人として、教科書にも掲載されている。
財界人としても一流で、現在の多くの大企業の設立に携わっている。
当時の首相も挨拶に出かけるほどの大物だったが、人の話しをよく聞く、謙虚な人であったようだ。
頭は低く、アンテナの高い人物だったようである。
二人に共通しているのは、私心がなく、えらぶらなかったこと、常に目線が権威ではなく、人間そのものに置かれていたことである。
まあ、こんな人こそ、今の日本に望まれる人なのだが、昨今の政治状況を見ていると、どうも、真逆な人物たちが跋扈しているようである。
ところで、面白いのは、この二人には、全く考え方、生き方の異なるライバルがいることである。
それが、広田弘毅に対しては戦後の名物宰相 吉田茂であり、渋沢栄一に対しては、三菱財閥の総帥 岩崎弥太郎である。
吉田茂は、豪放磊落、権力志向の自信家であり、岩崎弥太郎は傲慢不遜、我慾の強い利己主義者だった。
ただし、共に、日本という国家に強烈な使命感を持っていたことは間違いない。
城山三郎さんは、その小説作法として、ライバルとなる人物を登場させ、その対比において、人物の人間的特徴を、よりクリアに描き出すことを試みた。
人間の多様性を描くことにより、その人物の人となりに迫ったのである。
この講演録でも同様に、主役のみにスポットライトを照射するのではなく、優れた脇役を対比させることにより、鮮明に人物像を明らかにしていく。
ライオン宰相 浜口雄幸とその蔵相に就任した井上準之助、あの足尾銅山鉱毒事件の田中正造と大隈重信など…。
ここでは、続々登場する。
いずれも多士済々、気骨のある人物ばかりだ。
城山三郎さんの手になれば、こうした人物たちが、生き生きとおじさんたちに語りかけてくるのだ。
現在の、どこか小粒化したリーダーたちを見ていると、おじさん、今、こうした人物たちの生き様に触れることは大切なことのように思えてきた。
特に、これから日本をしょって立とうと思っている気概のある若い人に、是非とも読んで欲しい本である。
おじさんたちの先輩は、もっと、国に対する使命感を強烈に持っていたようだ。
※ヤフーブログにて 2016年6月8日 アップ
城山三郎さんは、経済小説の旗手である。
まあ、経済小説の草分けであると言っていいだろう。
まだ、日本が経済成長の真っただ中を、ひた走っていた頃には、大変もてはやされた作家だろう。
彼の小説には、著名な財界人や政治家が取り上げられた。
まあ、下手をすれば、提灯作家になり下がる危険があるが、この作家は、その矜持を貫き通したようである。
本書は、作家が、とある高校で講演をした内容に修正加筆したものである。
少し教育的におもねる所があるが、この作家の生き方、人となり、考え方を知るには、率直な語りかけだけに、むしろ、小説を読むより捉えやすい。
いやまあ、おじさん、好み的には、あまり生々しい実在の人物をネタにした評伝小説は好きではないのだが、ある種、城山三郎さんの場合は、ナマに作家の思いがぶっつけられているので、例外的に好きである。
この本では、明治から現在までの多くの立志伝中の人物が取り上げられているが、とりわけ、広田弘毅と渋沢栄一に紙面が多く割かれていた。
作家の代表作「落日燃ゆ」、「雄気堂々」で取り上げられた人物たちである。
広田弘毅は、戦後の極東軍事裁判で、A級戦犯として処刑された、戦前の日本国首相である。
毀誉褒貶、評価は二分しているが、気の毒な首相であったことには変わりはないようだ。
どうも、広田弘毅が、戦前、外相に就いていた時、南京大虐殺が起こったことから、文官としての戦争責任追及のヤリ玉に挙がったようだ。
恐らく、少なくとも戦争遂行については、それを阻止する側の立場にあったようである。
筆者は、私心がなく清廉潔白、信念の人として語っている。
一方、渋沢栄一は、日本の金融、経済の礎を築いた人物であった。
日本で最初の国立銀行である第一銀行を立ち上げ、さらに、日本銀行を創設しした人として、教科書にも掲載されている。
財界人としても一流で、現在の多くの大企業の設立に携わっている。
当時の首相も挨拶に出かけるほどの大物だったが、人の話しをよく聞く、謙虚な人であったようだ。
頭は低く、アンテナの高い人物だったようである。
二人に共通しているのは、私心がなく、えらぶらなかったこと、常に目線が権威ではなく、人間そのものに置かれていたことである。
まあ、こんな人こそ、今の日本に望まれる人なのだが、昨今の政治状況を見ていると、どうも、真逆な人物たちが跋扈しているようである。
ところで、面白いのは、この二人には、全く考え方、生き方の異なるライバルがいることである。
それが、広田弘毅に対しては戦後の名物宰相 吉田茂であり、渋沢栄一に対しては、三菱財閥の総帥 岩崎弥太郎である。
吉田茂は、豪放磊落、権力志向の自信家であり、岩崎弥太郎は傲慢不遜、我慾の強い利己主義者だった。
ただし、共に、日本という国家に強烈な使命感を持っていたことは間違いない。
城山三郎さんは、その小説作法として、ライバルとなる人物を登場させ、その対比において、人物の人間的特徴を、よりクリアに描き出すことを試みた。
人間の多様性を描くことにより、その人物の人となりに迫ったのである。
この講演録でも同様に、主役のみにスポットライトを照射するのではなく、優れた脇役を対比させることにより、鮮明に人物像を明らかにしていく。
ライオン宰相 浜口雄幸とその蔵相に就任した井上準之助、あの足尾銅山鉱毒事件の田中正造と大隈重信など…。
ここでは、続々登場する。
いずれも多士済々、気骨のある人物ばかりだ。
城山三郎さんの手になれば、こうした人物たちが、生き生きとおじさんたちに語りかけてくるのだ。
現在の、どこか小粒化したリーダーたちを見ていると、おじさん、今、こうした人物たちの生き様に触れることは大切なことのように思えてきた。
特に、これから日本をしょって立とうと思っている気概のある若い人に、是非とも読んで欲しい本である。
おじさんたちの先輩は、もっと、国に対する使命感を強烈に持っていたようだ。
※ヤフーブログにて 2016年6月8日 アップ
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