誰もがエネルギーに満ちていた時代 『映画/陽のあたる坂道』より ☆に関係なし

『映画/陽のあたる坂道』
 ※監督 田坂具隆(ともたか) 
  1958年公開


まさに、1958年に、しかも、モノクロの映画で、こんな世界が描かれていたとは驚きだ。

「もはや戦後ではない」と言われたのは、1960年である。

それ以前に、まるでハリウッド映画で描かれる富裕層が、あたかも日本に存在するかのような、この映画の道具立てや人間関係のありように、おじさん驚いてしまった。

もちろん原作は、あの『青い山脈』を書いた石坂洋次郎さんだ。

そこには、戦後10年以上を経て、ある程度、日本の復興に自信を深めた人々が、米国の富裕層の暮らしに憧れ、その実現を思い描くことになる。

《アメリカン・ドリーム》が、《ジャパン・ドリーム》として、日本の社会でもイメージされるようになった。

こうして、日本は高度成長時代を迎え、豊かなアメリカン・ライフに傾倒して行くことになる。

石原慎太郎さんが描いた『太陽の季節』が芥川賞に選ばれ、ベストセラーになり、《太陽族》と呼ばれる、豊かで育ちの良い若者たちが登場してくる。

そのシンボル的存在が、この映画で主演を演じる信次役の石原裕次郎さんだ。

とは言え、本質的にそうしたハイソな世界は、日本人が将来のありようとして造形したある種のイルージョンであった。

その意味では、この映画は、モノクロながら、米国のハリウッド映画の大作に肉迫しようとする、目一杯の虚勢を感じさせる。

映画は、長編の大作で、二部からなり、都合3時間以上にも及ぶ。

その脚本に目を向ければ、プロットの構成やシーン設定、さらにサウンドトラックなどは、米国映画の大作を十二分に意識している。

とり交わされる会話は、知的でシニカルだ。

なかなか深刻な家族問題を扱っているのにも拘わらず、登場人物の誰もが前向きで、影がない。

常に、トラブルは乗り越えられるとの予感がある。

いやもう、主人公 信次の家族が暮らすハイソな邸宅や部屋の装飾、身に着けているファッションや持ち物などの道具立ては、当時とすれば、目一杯つま先立って背伸びをしている感がある。

飼われている犬がグレートデンで、母親が弾くピアノに合わせて全員が讃美歌を歌い、高校生の少女がジャズのコンサートに通い詰めるという設定は、いささか出来過ぎて滑稽なくらいだ。

おじさんは大阪生まれだから、田園調布の豪奢な建物が建ち並ぶ、『陽のあたる坂道』のイメージは描けないが、さしずめ、芦屋の六麓荘辺りにある、綺麗に刈り込まれた並木が植栽されている広い坂道を思い浮かべればいいのだろうか? 

おじさんが結婚して間もない頃、まだ幼い子供たちを連れ、家族揃って六甲山牧場に遊びに行ったことがある。

当時、おじさんたちは排気量が1000CCに満たないダイハツのシャレードに乗り、芦屋の豪邸が建ち並ぶ坂道を上ったことがある。

いやはや、車が唸るように猛烈なエンジン音を上げていたのを覚えている。

いやはや、ベンツやクラウン辺りの排気量でないと、高級住宅街の坂道は役不足なのだ。

まあ、それはさておき、おじさんたちは、このまま日本が発展し続ければ、いつぞや、映画に描かれているような裕福な暮らしを当たり前に手に入れることができるだろうと思っていた。

大阪の下町に暮らしていたおじさんも、何とか大学に潜り込んだ頃には、漠然と、将来のそんな明るい景色が目の前に広がっているような気分だった。

少なくとも、中曽根内閣のリゾート法で世の中が浮かれていた頃には、このまま行けば、中流層だって、誰もがセカンドハウスを持つ時代になると信じ込んでいた。

まあ、その幻想は、間もなく、あっけなく吹き飛んでしまう。

そう言う意味では、この映画は、戦後日本の幸せな将来の幻影の起点と言えるだろう。

おじさんも大学を出て社会人になると、この幻想を懸命に追い求めていたように思う。

ところが、やはり幻影は幻影だ。

はかなく消えてしまう。

しかし、明るい夢すら持ちにくくなった現在、この頃、皆が抱いていた気分は、何かすごく懐かしく思われるのだ。個人的な青春への回帰ではない。

活力が漲り始めた頃の日本社会の幸福感への感傷かも知れない。

言葉で粗筋を追っても、その幸福感は伝わらないと思うが、ざっと、こんな物語だ。 

 ……

戦後、ようやく現れ始めた富裕層の家庭。

豪邸に暮らす家族の葛藤が描かれる。

舞台は、東京の田園調布、閑静なお屋敷が建ち並ぶ坂道沿いにある邸宅。

そこに、北原三枝が演じる倉本たか子が、家庭教師のアルバイトに訪れる。

清楚でポジティブな女子大生だ。

アルバイト先は、5人家族の裕福な田代家だ。

出版社を経営する、穏やかで理知的な父親 玉吉、その家庭をまとめ上げている、上品でしっかりした母親 みどり、それに、三人の子供たちがいる。

長兄は品行方正のイケメン青年医師 雄吉、次男は画家を志す信次(石原裕次郎)。

一見ひねくれて皮肉屋に見えるが、実は率直で優しいナイスガイだ。

そして、末っ子の長女は、明るく怜悧な高校生のくみ子(芦川いずみ)。

幼い頃の怪我で僅かにビッコを引くが、明るく屈託はない。

いやまあ、何ら愁いのない自由でのびやかな家族に見えるのだが、その内実、それぞれが屈折した思いを心に秘めている。

実は、信次は、父親が若い頃に付き合った芸者に生ませた子供だった。

どうしても家族に溶け込めない、疎外感を持っている。

欠点のない好青年に見える長兄は、時折、マザコンでだらしのない性格が表れる。

母親は、そんな長兄を溺愛して、見て見ぬふりをしている。

くみ子は、やはり、自分の足の障害にコンプレックススを抱いている。

それぞれが、幸せそうで、その心の内には割り切れない懊悩を抱えていた。

家庭教師のたか子は、それら家族との付き合いを通じ、田代家の確執と相克に巻き込まれていく。

とは言っても、物語は、ドロドロの家族愛憎劇で終わるのではない。

やがて、信次の実母 竹子との邂逅や、その実弟 民夫との和解を通じ、信次とたか子の初々しい恋愛ドラマとして結実していく。

いやはや、信次を演じる石原裕次郎さんが出色だ。

生来の育ちの良さが如何なく発揮され、違和感なくハイソな家庭の坊ちゃんとして好演している。

さすがに、石坂洋次郎さんが石原裕次郎さんをイメージして書き上げた小説だと言われているのが頷ける。

彼の映画人としての才能が、最も自然な形で発揮された作品ではないか? 

さて、おじさん思うのだが、結局、この作品で描かれた、戦後の明るい日本の夢は幻想だったのだが、ある意味、こうした幻影を持つことが出来たおじさんたちの世代(団塊の世代の端くれ)までは、生きているだけで幸せだったのかもしれない。

社会的気分として上昇へ向かうエネルギーが、どこかしこにも横溢していた。

いやもう、『陽のあたる坂道』を、ガムシャラに、勢いよく上っていると言う高揚感があった。

それが、例え、地に足がついたものでなくても…。

ところが、今の若い世代には、この幻影すら持てる余裕を、日本社会は失ってしまったのではないか?

無我夢中で上りきったと思ったら、そこには、ただ空しく風が吹いているだけだった。

いやいや、それどころか、今の若い人たちは、『陽の影る坂道』を、うつむき加減に下っているような閉塞感に捉われているのではないか?

生きることの意味が希薄な時代になってしまった。

まあ、それが社会の成熟を反映しているのかもしれないが、おじさんには、何か、いささか可哀そうな気がしてならない。

 No 1331

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